「とりあえず否定してみる」人が多すぎるから致命的なデメリットを教える

恐らく国語の授業だったと思うのですが、小学校6年生くらいの時にディベートをやる時間がありました。

議題に対して肯定派と否定派を出して対立させ、互いに主張させるという実践型の授業。

座学とは違って楽しかった覚えがあります。

当時どんな説明をされたのかは覚えていませんが、ディベートを授業で扱った目的を小学生だった僕は以下のように考えていました。

・自分の意見に固執しない訓練
・他人の意見に耳を傾ける訓練
・肯定の意見、否定の意見、両方に考えを巡らせる訓練

大人になって改めてディベートを勉強したわけではないので、この考えは未だに変わっていません。

このディベートを授業でやるからなのでしょうか。

なんか、人と話すときに「とりあえず否定してみる」人多くないですか?

「いや……」

(5秒経過)

否定してから考えるなよ

出典

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なんで否定から入るの?コミュショーなの?

授業でやるディベートの目的はすごく立派なものでした。

ところが、実際にディベートをやってみると、空気が変わります。

世間的にどうなのかは分かりませんが、少なくとも僕が体験したディベートは、肯定or否定で結論を出さなければいけませんでした

つまり、勝ち負けが存在したんです。

そのため当初の「自分以外の考え方を知る」目的から外れて、如何に理論武装して相手を打ち負かすかという白熱した議論になっていきます。

勝利のために何をするか?

・相手の意見の粗探しをする
・自分の意見は断固として譲らない
・「どう考えても」「絶対に」「間違いなく」等の言葉が多用され、詭弁が目立つようになる

論理的思考の訓練にはなっても、やはり当初の目的からは外れてしまう。

このあたりの舵取りができない教師が始めちゃうと、ちょっと辛いことになります。
僕の担任がどちらだったのか、今では覚えていません。大学の教授の中にはにやにや黙って見ているだけの人もいたような気がします。(教授に舵を取る義務も責任もないので…)

で、結局これはディベートですよね。

ゲームですよね?

授業で扱ったりインテリっぽい議題を上げたりするので、なんか勝ったら頭良さそうな雰囲気は出ますが、所詮はゲームですよ?

ディベートに勝つ=頭が良い

みたいな空気感を味わった小学生は、

頭が良い人の演出法=間違ったディベートの勝利法

と理解してしまうのかもしれない。

とりあえず否定しておけば頭良さそうに見える?

いや、とりあえず「なんだこいつ」って思います。

出典

「とりあえず否定」のデメリット

自分の言ってることを否定されて嬉しい人なんかいないですよね?

「自分の嫌なことは相手にやっちゃいけない」

って僕は保育園に入って一番最初に学びましたよ。2歳の時ですよ。

なのでまず、「とりあえず否定してみる」ことによって、コミュニケーションの阻害になります。

お友達減ります!!

出典

しかしまあ、僕個人としてはお友達別にそんなに欲しくないしー?みたいなところはあります。

「いや!」「でも!」「しかし!」「結局!」「畢竟!」
とか積極的な攻勢に出ようとは露ほども思いませんが、まあいないならいないでもね。

そもそもコミュニケーションの場がリアルにないんですけどね。

おや、タイトルには「致命的な」デメリットとありますね。

どうやら、この「コミュニケーションの阻害」はそこまで致命的でもなさそうだ?

そもそも否定語の使い手は「コミュニケーションを拒否する」という明確な目的を持って否定している可能性もあります。

そうだとしても、僕は「否定から入る」ことの致命的なデメリットを感じてしまうんですね。

致命的なデメリット

バカになります。

出典

ネット社会になった昨今、「情報を誰よりも速く誰よりも多く集めること」は云々ってなんかの映画で見たんですが、確かに情報化社会において情報が強さになるのは的を射ていることだと思います。

情報の収集ももちろん大事なんですが、情報を得て知識を増やすことよりも、僕が大事だと思っていることがあります。

それは「得た情報に対してどう思ったか」です。

つまり、どんな意見を持ったのか、ですね。

いいですか。

とりあえず否定してみる、っていうのは、

・とりあえず相手の意見を抹殺する
・とりあえず考えた自分の意見を第一にする

ってことなんですよ。

だからその人は相手の意見を聞かないことにより、「考察能力」を養うための広い視野を自ら即座に切り捨てることになります。

普通は「ほ~こんな考え方もあったのか、勉強になる」というところなのに、「いや、どう考えても」となるわけです。

言ってしまえば、小学生の時にディベート的な思考回路に取り憑かれてしまった人は、小学生の頃から考察能力がまったく育っていないことになります。

だって考える力もないのに情報ばっかり集めてどうするんですか?

ポケモン図鑑コンプリートですか?

いやいや!と、ここぞとばかりに否定されそうですね。

「俺は何度も相手を論破している!」

本当にそうですか?

会話の相手がめんどくさくなって黙っちゃっただけじゃないのそれ

出典:ドラクエ3性格診断

とりあえず、どうすればいい?

「とりあえず否定してみる」がダメなら、どうすればいいのか?

とりあえず肯定してみればいいんですよ。

「わかる~」とか「それな!」とか言っておけばいいんですよ!!

若者に蔓延しているこの言葉ですが、実はすごく利に適っているんじゃないかと思っています。

とりあえず肯定することのメリットを上げてみます。

・相手の考えを聞くことで、見識が深まる
・他の情報を考える時にその考え方が使える
・考察力が深まる
・肯定することで相手の言葉を促せる
・さらに考えを聞けて、見識が深まる
・仲良くなれるよ

圧倒的に良いことしかないと思いませんか?

日頃「いやいや」言ってるおっさんが、何の考察もなしに「若者の語彙」が云々と気焔を吐くのは、考察力が小学生の時点で止まっている可能性がありますね。

自分の若い頃を考えてみれば分かるはずですが、人ってまあそんなに馬鹿じゃないです。
中卒だろうが高卒だろうが大卒だろうが、それほど関係ないです。

女子高生が

「あの雲やばくね?」「それな!」

という会話をしていたとして、そこにこのおっさんを混ぜると

「あの雲やばくね?」「積乱雲だね。上昇気流が原因だよ」

となってしまいます。
何が起きているかというと、

「あの雲やばくね?(積乱雲だ)」「それな!(積乱雲だ)」

って会話してる女子高生だって、テストに積乱雲出てきたら「上昇気流が云々」って書きますよって話です。

普段のコミュニケーションと論文的主張で使う言葉を分けるのは当たり前ってことです。

コミュニケーションはディベートじゃねえぞってことです!!

まとめ

「とりあえず否定してみる」のデメリット

・コミュニケーションの阻害になる
・視野を狭くする
・考察力が伸びない

「とりあえず肯定してみる」のメリット

・相手の考えを聞くことで、見識が深まる
・他の情報を考える時にその考え方が使える
・考察力が深まる
・肯定することで相手の言葉を促せる
・さらに考えを聞けて、見識が深まる
・仲良くなれるよ

肯定してから考えてもいいじゃないですか、と思いますね。

だって人間って絶対に100%まったく同じ人生を歩む人っていないわけですよ。

つまり保有している情報の量も質も絶対に違うわけで、そこから演算され導き出された一つの意見には、ネットでさらっと調べて得た知識よりもよっぽど価値を持っている可能性があるわけです。

相手の話を聞くことは大事ですね。

ま、ニートの僕にはあんまり関係ないんですけどね!

サムネ出典