サラリーマンの商品価値? 「効率的」が称賛されて「楽をする」が許されない風潮

東京に住んでいると、サラリーマンといえば「毎日満員電車に突っ込まれる類の人種」を想像しますね?

ところがこれが田舎になると電車なんかなくて、車で通勤することになるんです。

都心に住んでいる人には想像もできないかもしれませんが、田舎では「ラッシュに捕まってしまい、遅刻します」とかいう謎の遅刻理由がまかり通るようになります。
上司も「下道もだめ?」とか聞いてきて、「国道で詰まってます」とか返事したりしてね。

いやー時間の無駄!

満員電車で痴漢にされないように両手挙げて乗っているのも、進まない車の列をイライラ待っているのも、無駄じゃないですか?

通勤時間って無駄が多いですよね。

どうしてこんなに混んでるんだ?

日本には無駄だと分かっていつつも遠くから通うサラリーマンが、それだけいっぱいいるってことです。

じゃあ、職場の近くに住もう!
と実行してみたら今度は退勤時間が遅くなる。

たとえばIT業界に入って職場の近くに住むってどういうことか分かります?
時にはみんな終電で帰るときがあります。

近くに住む。それはつまり、終電が必要なくなるということ。

3日ぶりに家に帰ったあなたが、3時間寝て職場に戻ってみるとあだ名が「長老」になっていたなんてことは、東京のどこかで実際に起こっていることなんです。

だからここは思考を飛ばしてみましょう。

ねえ、サラリーマンって、続けなきゃだめ?

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サラリーマンとは、生き方の定義である

サラリーマンという言葉は、単純に職業上の総称ではないんですよ。

保育園に通ったことはありますか?
特に田舎なんですけど、保育園ってお寺と一緒になってることありません?

宗教法人って税金かからないじゃないですか。
だから基本的に兼業しちゃいけない決まりになっているんですよ。

でもそんな宗教法人でも許されているのが、教育系の施設なんですね。
そういう事情もあって、お寺が経営する保育園は多いです。

お寺の保育園だから「仏様の教え」みたいなことを教えます。
某宗教みたいな押しつけがましいものではないですよ?

どちらかといえば、倫理とか哲学とかに近いです。

人を傷つけちゃだめとか、悪いことをしたらしっぺ返しがある、とかそんなもの。

そこで子どもながらに生き方を学ぶんですね。

小学校・中学校・高校と進んでいき、人によっては大学進学もするでしょう。

前途ある若者には何だってできます。
選択肢はいくらでもある。
どんな生き方でも選択できる。

それなのに何故か、ほとんどの人が就活を始めてサラリーマンになってしまう

世のサラリーマンが毎日大変な通勤をして1日あたり何時間か時間を無駄にしていることを知っているはずですよね?

でも許容しちゃうんです。
1日24時間あるところを22時間にする。

その2時間、いらないんですか?

僕は欲しいです。
2時間あればどんな勉強だってできるじゃないですか。

小学校・中学校・高校・大学のときみたいに、好きな勉強をする時間にできますよ?
そういう生き方、嫌いですか?

会社に勤めるって、サラリーマンになるって、そんなハンデを許容してしまうという生き方なんですよ。

効率的に生きること

そうは言っても金がなきゃどうにもならんだろうが!

ごもっとも。
まったくもってそのとおり。

人生の最終目標をどこに設定するかは各人様々。

「この会社で最強の社員に俺はなる!」という生き方も良いと思います。
なぜならそれは明確に突き詰めた目標で、その人にとっては仕事のやりがいで生きがいになるわけですから。幸せです。

一方で「金なんていらないし最低限の生活ができればいい」という人もいます。
内職仕事でも食っていける田舎だってあるんだぞ、と主張されるかもしれません。

とはいえ最強の社員を目指す彼だって、失われた二時間を有効活用したいですよね。

最強の社員が目標なら思い切って会社に住むとかでも全然アリだと思います。

問題は通勤時間などの無駄な時間を如何に有意義な時間に変えるか、ではなく、

そもそも無駄や損が発生しやすいサラリーマンという構造自体を礼賛する社会ってどうなの?って話。

この無駄になる時間の対処法は人によって抱えるものが違うので対処法も変わります。

僕はその対処法が思い浮かばなかったのでサラリーマンを辞めた口ですが、たまにいるんですよね。
無駄なく日々を生きる人が…。

・家から職場までの距離を30分ランニングしてくる人
・もういっそのこと新幹線通勤にして悠々と座席をとって勉強しながら会社に来る人

こんなの…勝てるわけがない…!
かっこよすぎる…!

そういう人たちはもちろん仕事もバリバリできます。
日々を効率的に生きてめちゃくちゃ称賛されています。

サラリーマンの生活を豊かにする提案はそこかしこで上がりますよね。
エクストリーム出社とかね。

そういう効率的に人生を楽しむのってものすごく称賛されます。

一方で。

こんな無駄だらけのことやってらんねーわと言ってサラリーマンを辞めてしまう人たち。

「あいつには根性がない」
「仕事もできないくせに」

某ブロガーに「まだ東京で消耗してるの?」って煽られちゃいますよ。

サラリーマンを辞める、その選択を避難する人たちには余裕がないんです。

通勤時間を有効活用する人もサラリーマン辞める人も、結局時間を無駄にしたくないという意味では同じなんですよ。

なのになぜ、一方は「効率的だ」と称賛され、もう一方は「楽をしている」と批難されるんでしょうかね?

楽をしているという偏見

なんかこんな記事、イケハヤさんも書いていたような気がしますね。
「お前ら楽してるって言うけど全然楽じゃないわ」みたいな。

僕はたとえ彼が1日1時間しか仕事してなくても問題ないと思います。
なんならブログ放っておいてもいいと思います。

それで収益が出るのは、彼のブログに商品価値があるからです。
彼は記事を作って売り物にしているんですよ。

一方でサラリーマンの売り物ってなんですか?

システムエンジニアならシステムが商品で、製薬会社なら薬が商品で……って、そういうことじゃないよね?

サラリーマンの売り物は自分自身です。

自分自身が商品です。

イケハヤさんの作る商品が放っておいても価値に変動がない一方で、サラリーマンは常に価値が変動しています。

出勤してこなきゃ、足を動かし手を動かさなきゃ、サラリーマンの価値は0円ってことなんですよ。

ここが決定的な違いです。

そして売り物の違いにも気づかず考えもしないような人が、あいつは「楽をしている」と言っちゃうわけですね。

楽なわけないですよ。
何かを自分で作りだして商品価値を得る。それで食っていく、って途方もないほどの苦労があると思います。

サラリーマンが、自分の代わりに働いてくれる自分自身をもう一人作り上げるようなものですね。

いや冗談ではなく、価値のある商品を作るってそういうことです。
サラリーマンは自分自身を商品にするしかない。

ハンデを許容する生き方と前述しましたが、こういうことなんです。

サラリーマンとは、自分自身を商品にする生き方のこと。

「あいつは楽してる」とか人を避難する類の人は、そもそもやり方も生き方も違う人を捕まえて、サラリーマンという生き方に当てはめると楽しているように見えるって言っているだけなんです。

もう意味分からないですよね!
別の生き方です別の哲学ですって言ってるのに楽してるもヘチマもないんですって!
猫が犬捕まえて「お前には髭がない」って言ってるようなもんなんですって!
自分の無知をひけらかしているだけなんですって!

しかしまあこの世の中、圧倒的にサラリーマンが多いわけです。
社会やメディアがサラリーマンになるレールをさりげなく敷いてるので、まるでサラリーマンこそ正義という風潮も仕方ない気はするのですが、自分自身を商品にする生き方ができない人も世の中にはいるのだということを知っておいてほしいですね。

ちなみに僕は現在ニートです。

収入ゼロです。

以上です。